私たちの想い

まず、好きになる

私たちの想い私は仕事をするときにいつも心がけていることがあります。それは、「好きになる」ということ。ブライダルのお仕事でお会いする新郎新婦様はもちろん、法人様であればその会社、商品、サービス、ご担当者様にいたるまで、とにかく私はまず好きになります。大ファンになります。これは心がけているというよりも自然に好きになるんですね。私たちの想いすると「お客様に喜んでもらいたい」という気持ちがどんどん湧いてきます。

弊社の商品はすべてがオーダーメイドですので、制作者の気持ちが入るか入らないかで結果は大きく変わってしまいますし、目の前のお客様を好きでなければ制作のプロセスが苦痛だけになってしまいます。ムービーの制作はかなり地味で根気が必要な仕事で、たった数分間のものをつくるために何週間も何ヶ月もかかることがあります。ですので、私のような飽きっぽい性格の人間にはモチベーションを保つのにひと苦労なんですよね。

『まず、好きになる。』

これが私にはとても重要なのです。

そして、そんな想いのこもった代表作ともいえるのが、2010年の秋、介護シューズメーカーである徳武産業さんへ贈るために、私と亡父の介護シューズにまつわるエピソードを綴ったムービーです。このムービーは、youtube、福祉関連施設、病院などの研修等で、すでに数万人の方々にご覧いただくことができました。
実は、私はこのムービーを超える作品は二度とできないと思っています。私の宝物であり、自分の仕事に対するスタンスでもあります。 ぜひご覧ください。

※ムービー内のBGMは、徳武産業株式会社様がレコード会社およびアーティスト所属事務所と使用許諾契約を締結済みです。

初めての仕事

私たちの想い2005年の創業当時のこと。脱サラして現在の映像コンテンツ企画制作会社の設立直後で忙しい毎日を送っていたころ、退職したばかりの前の会社の岡山支社長から連絡がありました。
※前職時代、私は高松支社で勤務していましたが、岡山支社長は私が入社した当時、高松支社の営業所長でした。

「上原クン、どうしてもキミに頼みたいことがある。ボランティアやからギャラは無いけど、ぜひ引き受けて欲しい。時間が無い。これができるんはキミしかおらん」

聞けば、岡山の総合病院に入院している小学6年生のAくんという男の子に、クラスメートからのビデオレターを作って欲しい、とのこと。血液の病気で、「あと1ヶ月も持たないだろう。いつ亡くなってもおかしくない」とドクターから宣告され、外部と遮断された無菌の病室で毎日を過ごしていたAくん。そんな我が子の辛そうな様子を見守っていたお母さんが、あることを思いつきました。

私たちの想い以前、Aくんが体調を崩したときに、応援メッセージが録音されたCDがクラスメートから届けられ、それを聴かせるとAくんはたちまち元気になったそうです。今回は前よりもはるかに状態が悪く、クラスメートに会いたくても会うことができず寂しい思いをしているAくんに、何としてでもお友達の顔を見せてあげたい。お母さんは、テレビで見た世界的に有名なボランティア団体のことを思い出し、日本の支部へ「息子へのビデオレターをつくって欲しい」という手紙を書いたそうです。

私が以前勤めていた会社は、その団体(メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン)の日本での活動を全面的にバックアップしており、現在も数千人の社員が手分けをして日本中の難病の子どもたちの「夢」を叶える活動をしています。

私たちの想いアイドルグループの○○のコンサートに行きたい、ウルトラマンに会いたい、○○選手とキャッチボールしたい、絵本を出版したい、など「夢」は様々。その活動の一部はテレビ番組でもたびたび紹介されていますが、会社の名前が表に出ることはありません。しかし、実際には全国の営業マンが自分たちの貴重な時間と人脈を駆使して、すべてのサポートをしています。

Aくんの夢。それはAくんのお母さんの夢でもありました。

『修学旅行に行きたい』

誰が聞いても無茶な夢でした。無菌室のベッドで息をするのも苦しそうなAくん。わずか2週間後に迫った修学旅行はおろか、部屋からの外出すらままならない病状。それでも、我が子に少しでも元気を取り戻して欲しかったお母さんは、「修学旅行は無理でも、せめて画面を通じて友達の顔を息子に見せてやりたい」という願いを込めた手紙をボランティア団体へ送り、先ほどの岡山の支社長を経由して私のもとに連絡があったのです。その時点で、Aくんの健康状態はギリギリでした。今、もしものことがあってもおかしくない。とにかく時間がありませんでした。

私たちの想い岡山の小学校の先生もすでに事情を把握しており、クラスメート全員での合唱やメッセージ、運動会の練習の様子の撮影を段取りしてくれていました。

翌日、私は汗だくになりながら半日の撮影を終えて事務所に戻り、徹夜でビデオを仕上げました。それほど、Aくんには時間が無かったのです。

私たちの想いもしも、これが間に合わなかったら後悔する・・・。

朝を迎えた私はもどかしい気持ちで瀬戸大橋を渡り、岡山の総合病院へ向かいました。Aくんの病室の前でゆっくりと深呼吸をして、静かにドアをノック。何も知らされていなかったお母さんは、見ず知らずの男が突然訪ねて来たことを不審そうにしていましたが、私が団体名を名乗り、「○○小学校のクラスメートからAくんへのプレゼントです。今すぐこれを見せてあげてください」と言って、さっき編集を終えたばかりのDVDを手渡しました。

キョトンとしていたお母さんの目から涙がこぼれ、震える声で「ありがとうございます」と言いながら深々と私に頭を下げたかと思うと、お母さんはAくんの名前を呼びながら病室に飛び込んで行きました。

私たちの想い「間に合って良かった・・・」
私は徹夜明けのボーッとした頭で病院をあとにしました。

それからしばらくはAくんのことも忘れて仕事に追われていましたが、1ヶ月ほど経ってボランティア団体の代表の女性から電話が掛かって来ました。

「上原さん、岡山のAくんの件ではお世話になりました。お母さんからお礼のお手紙が届きました。Aくん、久しぶりに見るクラスメートに大喜びだったそうですよ。病室に来るお医者さんや看護師さんにも、ちょっと自慢そうにそのDVDを何度も何度も見せていたんですって。

それから、上原さんにもうひとつ嬉しい報告があります。Aくん、修学旅行に行けたんですよ。すごいでしょう?さすがにクラスメートと一緒には行けなかったんですけど、お医者さんや看護師さんが同伴でみんなと同じコースを回ったそうです。お母さんもAくんが修学旅行に行けるほど回復するとは思っていなかったらしくて、本当に喜んでいらっしゃいましたよ」

その後のAくんの様子は守秘義務のためにどうなったのか、私に知るすべはありません。Aくんが今も元気に過ごしていることを祈るばかりです。

これが、株式会社サプライズファクトリーの、初めての「仕事」です。